心理戦を排除したデスノートに残るもの
動画配信サービスは「Netflix」と「hulu」を使っているのですが、特に「Netflix」は独占配信作品を次々と出してくれるためとてもありがたい存在です。
今回の題材はそんな「Netflix」が独占配信したハリウッド版『Death Note』です。
いずれご紹介しますが、日本ではスピンオフ含め4作の実写映画化と1作のドラマ化がされるなど実写化映画界ではお馴染みの作品です。
大場つぐみと小畑健による原作漫画の魅力は、名前を書いたらその人物が死ぬ「デスノート」と言う超常現象的なノートを巡る「心理戦」及び「頭脳ゲーム」にあります。
それ故に、死神の存在を除けばあまり派手なシーンが存在しないことが、日本での実写化が多かった理由でもあるはずですが
ハリウッド版では何を勘違いしたのか『デスノート』から「心理戦」を排除する斜め上の方向性を我々に指し示してくれました。
いや、そもそも監督がアダム・ウィンガードの時点でそれなりに悪い予感はしてました。
スリラー映画『サプライズ』で斬新な発想を見せてくれた監督ではあるのですが
伝説的なPOV映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の正統続編!と生き込んでアダム・ウィンガードが製作した『ブレアウィッチ』では
前作の魅力的な部分を勘違いしたとしか思えない、単なるホラー映画になっていて心底がっかりした記憶があったからです。
そして、「心理戦」を題材とした原作から「心理戦」を抜いた『Death Note』で描かれるのは低IQ同士の鬼ごっこ。
対して親しくもない同級生の女の子にあっさりとデスノートの秘密を話すアホの子のライトくんと、怒りにより暴走し拳銃を片手にライトくんを走って追い回す天才探偵(笑)のL。
散々「心理戦」なんて無い力技の展開を見せておきながら、勝った側がさも「上手く騙してやりました」的な空気をラストに出すのがなんかムカつく作品。
しかし、本作にはさらなる追い打ちがあります。
単なるサスペンスアクション映画にダウングレードしただけならまだしも、本作では「デスノート」による死亡シーンが無駄にグロいと言うオマケがついています。
『ファイナル・デスティネーション』バリのピタゴラスイッチ死亡は、ある意味では面白いですがアダム・ウィンガードは原作読んでないだろ。
最後に何かギリギリ擁護するとしたら、L役のキース・スタンフィールドはそれなりに魅力はありました。
僕の知っているLの魅力とはかけ離れたものでしたが……。
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